本来、日当たりの良い場所を好む「陽樹」ヤマザクラにとって、スミクボという場所は生きていくには不向きなはずである。裸地や荒地などの乾燥した土地でも芽を出し成長できる「陽樹」が、どうしてこんなに日当たりも悪く湿度の高い苔むしたスミクボで、これほどまでに大きくなることができたのだろうか。
実際にこのカズミザクラ以外のヤマザクラは見当たらず、周りは乾燥に弱い「陰樹」のカツラやサワグルミ、ホウノキ、イヌブナなどが生い茂る森の中で孤高の様相を呈している。山中のサクラはほとんどがそうであるように、このサクラも満開時に木の下にいても全く花見気分にはなれない。何を隠そう、上の写真はこれでも満開なのである。
この当時、私は山の木に対する知識は全くの素人に近かった。サクラの下に行けば、満開の花の撮影が出来ると信じて疑わなかった。ところが山中のサクラは里のサクラと違い、常に生存競争に晒されている。限られた光を求めた熾烈な領空の争奪戦を生き抜くために、上の方の枝だけに葉を広げ花を咲かせる。当然、下の枝は必要のないものとして淘汰され、木の下からは満開時でも花が咲いているのを「確認」するのがやっと、ということになる。
この森の摂理を、私にシッカリ教えてくれたのがこのサクラであった。生きるために必死になって作り上げた樹形には、花見などという人の都合や興味の入る余地は一切なく、この写真の撮影日に私を落胆させてくれたものだった。ただ、その人に媚びない気高さがヤマザクラの魅力でもある。このスミクボという場所に生きる異端のサクラは、「野生」という気高さを持ち合わせた日原のヤマザクラの代名詞のような存在だろう。
2008年12月20日 倒伏確認
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