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獅子舞の構成

1、諏訪神社の祭礼と獅子舞

 ・氏子と祭礼
 お盆も終わり、ツクツクボウシが秋をつげるころ、中西のお祭がやってきます。下名栗字中西のお諏訪さま、諏訪神社は、埼玉県飯能市大字下名栗地区(旧武蔵国秩父郡下名栗村)の守り神である鎮守です。諏訪神社を共同で祀る氏子は、もともとはこの地区に住むすべての家でしたが、現在では氏子会費を納める家の家族からなっています。諏訪神社の祭礼は1年間に4つ、元旦祭(1 月)、祈年祭(2 月)、例大祭(8 月)、新嘗祭(11 月)があります。獅子舞は最大の祭礼である例大祭に奉納されます。江戸時代には太陰太陽暦の7月25 日でした。明治になり太陽暦が採用されてからは太陽暦の8月25 日に変更されました。平成4年(1992)からは、関係者も見学者もウイークデイに休暇を取りにくい時代となったため、それに近い日曜日となりました。
 祭礼は、氏子の役員によって運営されます。氏子の役員には氏子総代と祭典世話掛とが6名ずつおり、下名栗にある6 つの自治会地区から選出されています。そのほかに各地区2名の行事がいましたが、平成10年(1998)からこれに代って祭礼庶務を担当する祭典補助員が8 名募られるようになりました。しかし、その人数は徐々に減って平成26年度には2名にお願いすることになっています。

 ・獅子舞の配役
 
現在の獅子舞は、青梅市成木の高水山から、30年余の伝習期間を経て天保14 年(1843)に正式に伝授されて以来、現在まで休むことなく伝えられています。その配役は、太鼓(枠なしの締め太鼓)を腹につけた大太夫(おだい・金)、女獅子(めじし・赤)、小太夫(こだい・黒)の3 匹の獅子を担当する獅子舞役者、4つのスリザサラを担当するササラスリ(ササラッコと呼ばれる、以下ササラ)、笛(篠笛・七孔四本調子)を担当する笛方(囃子方[はやし方])、謡を担当する謡方(うたいかた)からなります。獅子は通常「狂う」と言われるほど舞い方が激しく、成年男子が担当します。獅子頭の重さは、女獅子1.9kg、小太夫2.0kg、大太夫2.5kg です。
 ササラは小学2年生以上の少女が務めます。ササラの花笠には日・月の造り物と2 つの牡丹がつきます。このササラの着付けには、氏子の女性3 〜 4 名をお願いしています。笛方は成年男子が担当してきましたが、現在では小学6 年生以上ならば、男女を問わず参加できます。謡方は獅子・笛方のベテランがあたります。なお、「御宮参り」には指導者級の保存会員の務める猿田彦命(天狗)、「白刃」にはベテランの獅子舞役者が行う2 名の太刀遣い、各芝(演目)には状況に応じてホウイ(はいおい、道化)が露払いとして登場します。太刀の重さは800g、鞘と合わせると1040g です。

 ・練習と準備
 獅子の練習は、遅くとも4月からは定期的に行い、7月になると回数を増やし、初心者も8月に入るまでには基本を会得しておきます。笛方は春に始まり、6月からは獅子と合同の練習となります。
 例大祭の準備は、7月末、稽古始めの約1週間前の道具調べから始まります。氏子総代、祭典世話掛、獅子舞保存会役員がこれにあたり、獅子舞・例大祭用の諸道具を確認し、例大祭までの準備について話し合います。
 8月1日は稽古始めです。この日はササラを含む稽古の本格的な開始日であるとともに、氏子の代表と保存会員全員が顔を会わせ、関係者への必要事項の伝達、保存会新会員の紹介、獅子舞の役割(配役)の発表などがあります。その後の定期練習は、多くは夜間に2日ないし3日に1度設定し、2日間は昼稽古を設けます。その他の日にも適宜練習を入れていきます。
 「揃い」の前日は稽古仕舞いです。獅子頭やササラの花笠を組み立て、社務所の祭壇にこれらを飾りつけます。そして稽古の仕上げをします。

 ・祭り当日
 揃いの日となる土曜日は、例大祭当日と同じスケジュールで芝を演じます。獅子頭や衣装を着け、本番どおりに行う公開の総稽古(ゲネプロ)にあたります。昭和57年(1982)より毎年1芝(演目)は境内から下名栗五区字馬場へ出て上演してきましたが、平成14年(2002)からはすべて境内で実施されるようになりました。
 その晩にはかつては夜宮がありました。昭和30年代前半までは青年団が中心になって東京都秋川の二宮歌舞伎(現あきる野市・秋川歌舞伎)を呼び上演していましたが、30年代後半からは境内での野外映画上映会へとかわり、さらに名栗村演劇愛好会による舞踊とカラオケの上演へと移行しました。現在夜宮は実施されていません。
 日曜日は例大祭です。氏子役員と保存会員は朝早くから社務所に集まり準備をし、万灯(まんどう)をつくります。宮司による出発の儀式の後、獅子舞の奉納が始まります。午前中3芝が演じられ、3芝目の「三拍子」が終わった後、地区の役職者が集まり庭場と拝殿で例大祭の神事式が行われます。平成11年(1999)までは「花懸り」の終了後、「三拍子」を演じている最中に進められていました。神事式には三管( 笙[しょう]・篳篥[ひちりき]・龍笛[りゆうてき])を奏する楽人が登場し、「越天楽[えてんらく]」・「五常楽急[ごじょうらくきゅう]」などの雅楽を添えます。午後にも3芝が演じられます。最後の芝の「白刃」終了後に千秋楽の謡を唄い、社務所まで戻ってきます。
 例大祭の翌日に洗濯などの後片づけをして、祭りはすべて終了します。


2、芝の構成

 すべての芝(演目)は、以下の節で構成されています。

出囃子−@渡り拍子−A揃い−B出端−Cチラシ−D謡−E岡崎−F渡り拍子

 舞の中心はCチラシで、長時間にわたります。チラシの内容は「3内容と見どころ」で個々に詳しく解説することとして、ここでは芝全体の構成について説明しておきます。
 芝の進行を統括するのは親笛です。親笛は笛方の最前列に立つ責任者で、節の代り目を笛尻を上げて合図するほか、獅子を見ながらテンポを調整します。笛方は親笛の指の動きを見てこれに合せ、さらに笛の音に獅子の太鼓とササラが合せることで全体が統一されます。親笛は獅子舞のコンサートマスターにあたる重要な役割を担います。

 ・出囃子 社務所(かつては獅子宿)から獅子行列が出発する合図。全芝に共通。
 笛と大太鼓(長胴)で奏されます。下名栗で独自に作られました。笛と太鼓の絶妙な掛合いによる曲で、山を渡る風が、強くまた弱く吹くように響きわたります。「チャヒーチャ、チャヒ」と鋭くおわり、渡り拍子を導きます。なお、このように笛の節回しを擬声的に言い表したものを、下名栗では笛の文句、一般には口唱歌(くちしょうが)やジゴトといいます。

 @渡り拍子 獅子の道行き。全芝に共通。
 社務所から庭場までの道行きです。昭和11年(1936)に旧名栗第一尋常小学校(後の東小学校)の裁縫室を移築して現在の社務所ができるまでは、諏訪神社最寄りの岡部家(屋号「中西の上」)を獅子宿として、獅子行列が出発しました。この節からは笛、獅子の太鼓、ササラのするスリザサラによって奏されます。Fも同じ節です。

 A揃い 舞への序奏。全芝に共通。
 ここからが芝の開始です。庭場に入場した獅子とササラが定位置について動きを止めると、この笛が始まります。獅子の太鼓はリズミカルになり、静から動への緊張感を高めます。3笛(3節)繰り返します。

 B出端 序の舞。「御宮参り・御幣懸り」と「三拍子」は固有、他の4 芝は共通。 
 午前の「花懸り」と午後の3芝に共通する出端の節「ヒャーロヒャーヒャートー」が印象的です。この笛にかわると、女獅子が向きをかえます。3笛聞いた後、獅子とササラが庭場を大きく3 往復します。3 往復目に、庭場の中心に獅子とササラが止り、チラシに移ります。
 「御宮参り・御幣懸り」では、固有の出端「トーヒャニヒャニヒャニ」があります。「三拍子」の出端「トーッピーピーヒャロ」も、この芝だけのものです。

 Cチラシ 中心となる舞。各芝ごとに違う。「花懸り」と「棹懸り」はほぼ共通。
 芝の中核となる部分で、笛が同じ節を繰り返す中、様々な内容の舞が展開します。それぞれの内容は「3、内容と見どころ」で説明します。

 D謡 芝の内容に即した、あるいは内容に掛けた古歌、俗謡。
 謡方によって古風な謡が歌われます。歌い出しが3種類あります。一般には聞慣れない節回しですが、歌い出しがわかるようになると、一人で歌えるようになります。歌い出しの節は、謡の始めが五七五、七五、七七のどれによっているかで異なります。それは以下の通りです。

 (A) 五七五七七 (五七五七五七五七七もあり)

 (B) 七五七七 (七五七五七七もあり)

 (C) 七七七七

 「3、内容と見どころ」で示すそれぞれの謡には、ここで示した(A)(B)(C)の記号をつけておきます。なお、(6)白刃の2番だけは例外で、七七七七ですが(A)の節で歌われます。また、一つの句の終りと次の句の始めとを、同じ音節を重ねて謡うことがあります。その音節は字で示します。
 謡の時、笛は休み、獅子の太鼓とササラとが静かに響きます。謡と謡との間奏には短い笛が入り、軽妙な舞が舞われます。

 E岡崎 納めの舞。全芝に共通。
 笛の口唱歌は、この岡崎だけが特殊で、江戸時代初期の流行歌「岡崎女郎衆」を借りています。他地域の獅子舞にもしばしば登場する歌です。

     オーカザーキジョーロシーーー オーカザーキージョロシー
     オーカザーキージョロシハ ヨイジョーロシー
     オーカザーキージョロシハ ヨイジョーロシー

 Aの「揃い」によく似た節回しで、庭場での始めと終りを意識した構成になっています。揃いとの違いは、1笛の中に「オーカザーキ」という節まわしが4回出てくることと、節の終わりの「ジョロシハヨイ」の部分で1音1拍ずつ刻むことによって、納めの舞らしい安定感をかもしだしている点にあります。
 岡崎の舞は、3匹の獅子が4つの固定したササラの周囲を廻りながら舞います。獅子とササラから構成される三匹獅子舞の納めにふさわしく、統一性の中に、躍動感、即興性を折り込み、みごとなエンディングを演出します。最後は3 匹の獅子がそろい、ササラとともに3笛で庭場の下手(鳥居側)までゆっくりと下がり、舞が終了します。

 F渡り拍子 @におなじ。獅子の道行き。全芝に共通。
 庭場から社務所までの道行きです。


3、内容と見どころ

 (1) 御宮参り・御幣懸り
 「御宮参り」は、獅子行列が社殿をまわりながら参拝します。これにつづく「御幣懸り」は、初め女獅子が庭場に何か光る物が落ちていているのを見つけ、怪しみ恐れます。次に小太夫が恐る恐る近寄って、それが金色の御幣であることを確認すると、3匹は次第に複雑に絡み合い、最後に大太夫が悪魔退散の祈願をする、という内容です。女獅子をリード役として3匹が織りなす構成美は、数ある三匹獅子舞の中に比類のものがなく、その極致を示す舞となっています。

 ○御宮参り
 最初に関係者全員が社務所に集まります。獅子、ササラスリ、太刀遣い、猿田彦(テング)が前に並び、宮司による出発の儀式が執り行われます。
 御宮参りの道行きでは、華やかな万灯を先頭に、竹の杖・ソデガラミ2)・樫の杖を持つ露払い・悪魔払い(氏子や保存会員の役員)、笛方、波の花(塩)、洗米、御神酒、猿田彦命、秘伝書(保存会長)、御幣、太刀遣い、ササラ(2名)、獅子(大太夫、女獅子、小太夫)、ササラ(2名)からなる獅子行列に、氏子や一般見学者が続いて社殿に向います。行列は社殿の周囲を3回まわりながら参拝します。見物にこられた方も、ぜひ後についてお参りください。
拝殿前に並ぶたびに、猿太彦命が獅子行列を祓い清めます。1 回目は渡り拍子、2回目は揃い、3回目はこの芝の出端「トーヒャニヒャニヒャニ」が始まります。ここから獅子が舞い始め、舞いながら拝殿を巡り、庭場におりてきます。1度庭場の下手(鳥居側)まで戻り、獅子は横1列に、ササラはそれを四方から囲むような定位置に並びます。ここから「御幣懸り」に移行します。

 ○御幣懸り
 3匹の獅子が御幣に懸る舞です。御幣は、大きなわら苞に多くの金の御幣を差づとしたきらびやかなものです。平成17年(2005)頃まで、例大祭の後にこの御幣は諏訪神社のお札とともに祭礼関係者の家に配られました。
 出端を3笛繰り返すうちに獅子とササラは庭場の中央に進み出て、すぐにチラシとなります。女獅子、小太夫、大太夫の順に御幣に懸かります。先導役として最初に御幣に懸る女獅子と、それに返し笛(節の後半部分の繰り返し)でうなづくように呼応する小太夫・大太夫の動きに始まる冒頭場面は、見る者に静寂な感動を呼び起こします。女獅子が誘い、小太夫、大太夫が順々に参加して、3匹動作は発展を続け、複雑な舞になっていきます。最後はテンポを上げて3匹が御幣のまわりを勢いよく回り、大太夫が1拝して、チラシが終わります。

 謡(B)  これのもんへ 来て見れば 畳いぢに 建てた門かな

   (A)  この宮は ひだのくみが 建てたげで くさびとつで 四方かためる

   (A)  むさしのに 月のるべき 山もなし 尾花れに ひけや横雲

謡と謡との間の節は、この芝独自のものです。岡崎の節を主題として、次の謡を導き出します。


 (2) 花懸り
 4つの花笠を桜に見立て、3匹の獅子が花見にでかけ、その美しさに酔って花を散らさんばかりに楽しく遊ぶ姿を演じます。獅子舞の基本的な所作を中心としており、獅子を始めた者が最初に舞う芝です。あまり長くはありませんが、休みなく舞うため、見た目より体力を使います。ササラの初心者もこの芝から始めます。

 4つの花笠の周囲を3回まわった後、女獅子が先導して花の中に分け入ります。花の中に入る時、獅子の足づかいの最も基本となる「ササコ」を踏みます。ササコとは、腰を落とした状態で、足をクロスさせるように2歩踏み、最後の1歩で両足を広げ一層深く腰を落とす型をいいます。この後何か所か出てきますので、注目していてください。ササコにつづいて、「さあ、入るぞ」と、頭を下げバチを獅子の頭上まで振り上げて幕をくぐるような「ヒッカブリ」と呼ばれる所作も見どころです。その他の芝でもササコやヒッカブリは多く使われます。
 ササラの中に入ってからは、最初は花笠の花を見ます。4つの花笠のうち3つを見終わると、ササラの外に出ます。小太夫・大太夫もこれに続きます。ササラの外に出てからは、右回りに花見をしながら下手に戻ります。
 以後2回、花の中に入ります。2回目は花の胴がしっかりしているかを、3回目は根張りがよいかを見ます。3匹の獅子のうちいつも1匹が花の中にいるように注意しなければなりません。かつてはどの位置からでもササラの中へ入ってよかったようですが、現在は必ず下手から入ります。3匹が根元を見終わり、最後に大太夫が花笠の中から出たところでチラシが終ります。

 謡(B)  これのにはへ 来て見れば こがねぐさが あしにからまる

   (A) みずゆえに おくのれ木が 流れ来て いまはしなの 下妻の橋

   (A) 下妻の 橋にゝるも えんでこそ 後にりし うらきこひしさ


 (3) 三拍子
 国家安泰、五穀豊穣、氏子繁栄を祈る舞です。3匹の獅子が楽しく遊び、疲れて眠りますが、再び元気よく遊びます。この芝は、獅子がバチを打ち鳴らしたり、謡と謡との間に獅子とササラが特徴ある所作をしたりと、他の芝とはずいぶん異なった構成になっています。3匹の獅子は常に同じ動きをするため、いつも呼吸をあわせることが大切な舞です。ササラは上級者が演じます。

 「三拍子」の出端はこの芝だけのものです。「トーッピーピーヒャロ」と始まります。獅子は頭上高くバチを上げて、柏手を打つかのようにカチカチと打ちならしながら前に少しずつ出てきます。3笛繰り返すうちに獅子とササラは中央に進み出て、チラシに移ります。
 チラシでは、3匹の獅子がササラの周囲を楽しそうに、また調子よくササコを踏みながら回ります。ササラのまわりを3周したところで、チラシが終わります。

 謡(C)  これのお庭の 牡丹の枝を ひと枝たごめて 腰を休めろ

 謡の後、「いねむり」と呼ばれる所作があります。「トーヒャリコトーヒャリコ」と子守歌のような静かな笛の音にあわせて、獅子はササラの中心にむしろを敷いて座り「いねむり」を演じ、ササラも腰をおろして、静々とすります。ササラにとって最も厳しい場面です。

 謡(A)  磯村の 宿のに 目をくれて ゐるにやられず いざやたたいな

 次は「まわりっこ」と呼ばれる所作です。3匹の獅子はササラの中心でケンケンをするかのように回転し、ササラは獅子の周囲をぐるぐると四角くまわります。獅子舞全体を通じてササラの最大の見せ場となります。ササラは大きく横歩きし、コーナーではスリザサラをかつぎ、振り袖をひるがえして回り込んでいきます。

 謡(A)  我国は 雨がるげで 雲が立つ おいとまして いざやともだち

 3つ目の謡が終ると、「岡崎」となり終了します。


 (4) 棹懸り
 3匹の獅子が仲良く花見をしながら進んでいくと、行く手に川(川に見立てた竹棹)が現れます。まず女獅子が浅瀬を見つけて先に渡り、それに続こうとする小太夫、大太夫を先導して順に向う岸に渡すという内容の芝です。この芝では3匹の所作の違いに注目してください。同じ動きでも、女獅子は細かく、小太夫は中くらいに、大太夫は大きな振りをします。獅子頭の重さが女獅子、小太夫、大太夫の順に重くなっていることからも、こうした振りの違いが出てきます。

 3 匹の獅子が仲良く山で花見をしている場面から始まります。花に遊びながら山を進むと、庭場の中央に川に見立てた竹棹が下ろされ、行く手をさえぎります。川ではなく倒木との説もあります。最初に女獅子が浅瀬を探し回り、やっと探し当てて向う岸に渡ります。この場面で獅子が棹に懸っていくわけですが、棹に懸かる獅子と棹の持ち手とのかけひきが見ものです。次に女獅子は小太夫を先導して、川を渡します。2匹が前後に重なりながら竹を往復する所作も見どころとなります。小太夫が渡り終えると、女獅子は同じように大太夫を先導し、向う岸に渡します。3匹とも無事渡り終え、3匹で喜びの舞を舞って、チラシが終わります。女獅子役は、ほとんど休みなく長時間にわたって動くため、全芝の中で最もつらい芝となります。

 謡(C)  廻れや車 廻れや車 早くりて 関にとまるな

   (B)  これのかたの 殿様は いまがかりと うちみえて こがねしだで つぼをながめる

   (A)  やつづれが おびれろへて 行く時は さてもかたは 名所なるかな


 (5) 女獅子隠し
 
この獅子舞の中で、個人技が最も発揮される芝です。男女の恋の葛藤を描く、繊細かつ優美な舞をお楽しみください。女獅子に対する雄獅子の優しくかつ執拗な誘い。雄獅子の演じ手は本気で女性を誘惑するつもりで舞います。恋人に未練を残しつつ、次第に新たな恋にひかれて誘い出される女獅子の演技は、上級者が演ずると見る者の涙をさそいます。また、チラシの笛は甘美な節を繰り返します。2時間を要し、獅子にとってはもちろんササラにとっても、体力と精神力が要求されます。

 
「女獅子隠し」はどこの三匹獅子舞にも必ずある芝です。それぞれは内容によりいくつかに分類できますが、下名栗のものは次のようなストーリーになっています。
 3匹が花を見ながら楽しく遊んでいると、そのうち小太夫が大太夫に気づかれぬよう女獅子を誘い、自分の隠れ家へと連れ込みます。ここで筵が敷かれ、小太夫と女獅子は寄りそって眠りにつきます。大太夫はそんな事には気がつかずのんきに遊びまわっていますが、やがて2匹がいないことを知り、小太夫の隠れ家を探します。
 ようやく小太夫と女獅子が仲良く眠っているところを見つけ、つづいて女獅子を誘い出しにかかります。右前から、正面から、左前から、最後には2匹の間に足を入れ、割って入るようにしながら女獅子を誘惑します。初めは無視する女獅子も、積極的な誘いに次第に心を動かされ、ついには小太夫に未練を残しながらも、少しずつ少しずつ大太夫に誘い出されていきます。少し誘い出されては小太夫のもとへ戻り、また誘い出されては戻ることを繰り返しながら、誘い出される距離がだんだんと遠くなり、ついに未練を断ち切って大太夫のものとなるのです。
 誘い出される時のこまやかな女獅子の表情や頭の振り方、小太夫との微妙な距離の変化にご注目ください。女獅子をわがものとした大太夫は、その喜びを大きな舞いで示しながら、小太夫の隠れ家に「ザマを見ろ」とあざけりにいき、女獅子とともに自分の隠れ家にこもります。
 ここで小太夫は眠りから覚め、おぼつかない足取りで隠れ家から出てきます。笛の音は急に遅くなり、小太夫の眠そうな様子を実によく演出します。小太夫は大太夫の隠れ家を探し、大太夫による女獅子の誘い出しと同じ所作を行い、女獅子を誘い出すことに成功し、再び隠れ家に連れ込みます。
 これに気づいた大太夫は眠りから覚め、女獅子の居所を突き止めます。とうとう大太夫と小太夫は派手な喧嘩を始め、女獅子は花(ササラ)の中に隠れてしまいます。ここを「喧嘩場」といい、女獅子を再度誘う場面から舞い続ける大太夫役にとって非常に苦しい場面です。2匹の雄獅子の喧嘩があまり激しいので、女獅子は花の中から出て仲裁し、再び3匹は仲良く舞い、チラシが終わります。

 謡(C)  思ひもかけぬ 朝霧が下りて そこで獅子が かくされたよな

   (A)  天竺の あひそめの はたにこそ しくせびの 神たたれた
                       まことくせの 神ならば 女獅子獅子を 結び合わせろ

   (B) これの堀へ 来て見れば さても事な こひのやつづれ


 (6) 白刃
 悪魔払いの祈願をこめた芝です。2名の太刀遣いが登場し、真剣を使って舞いながら獅子の羽を切る場面のある、当獅子舞で最も有名な芝です。獅子が「刀がほしい、刀がほしい」と太刀遣いにせがみますが、太刀遣いは見せびらかすだけでいっこうに渡してくれません。ようやくのことで獅子は刀をもらえ、大喜びで口にくわえて踊り回ります。
 獅子を始めた者は(2)「花懸り」に始まり、(3)「三拍子」、(4)「棹懸り」、(1)「御宮参り・御幣懸り」、(5)「女獅子隠し」、(6)「白刃」の獅子、「白刃」の太刀まで終わると上がり(摺り上がり)といい、一人前と見なされるようになります。


 大太夫・小太夫それぞれに太刀遣い(太刀持ち)がつきます。道行きは、この芝だけは社務所を1まわりして出かけます。氏子役員や保存会員も道行きに参加します。途中で鳥居をくぐる時、太刀遣いは鳥居に飾られた榊の枝を折り取ります。出端では3匹の獅子と榊・半紙を手に持った太刀遣いとが優雅に舞います。
 チラシに入ると、女獅子は花に隠れ、その左右の庭場を獅子と太刀遣いとが向い合いながら往復します。最初太刀遣いが手に持つのは、出端と同じく榊と半紙です。それらを手に持ったまま、獅子を囃すように舞います。2番目に持つのは手拭いと半紙で同じ所作を、3番目は手拭いを両手に張って同様の所作をします。
 4番目は刀が鞘から抜けるのを防いでいた半紙のつめものをはずし、刀を抜くまねをしながら刀を獅子に見せびらかす「こじり」という所作を行います。ここで次の刀を抜く所作に連続しますので、庭場に塩がまかれます。「こじり」を2往復したところで、それまでつかず離れず舞っていた獅子と太刀遣いが遠く離れ、太刀遣いは「ハー」と言いながら大きく太刀を抜き、「臨兵闘者皆陣列在前(りんぺいとうしやかいじんれつざいぜん)」と九字を切りながら切っ先を低く獅子に向け、そして高く振りかぶります。そのふところへ獅子は飛び込み、太刀遣いは獅子の頭上で太刀を翻しながら往復します。太刀遣いは片手で太刀を自由に扱い、大きく優雅に舞います。太刀を返して使う時、獅子の羽を切り、その羽が舞い落ちます。
 5 番目は特に名称はついていませんが「見せびらかし」といわれています。太刀遣いは獅子に「ほしいだろう、ほしいだろう」と太刀を頭上高く掲げ、立てたり寝かしたりしながら、獅子を挑発します。これを3往復行います。
 6番目は「手・足・切っ払い」で、見せびらかしの変形です。太刀遣いは太刀を自らの腕にあてて1往復、足にあてて1往復、そして最も危険な「切っ払い」で2往復します。「切っ払い」では、上手から下手へ動く際は、接近して舞う獅子との間を太刀をすくい上げて高く見せびらかし、下手から上手へは「追い返し」といい、獅子を文字通り追い返します。
 7番目は「くぐりあい」です。太刀の柄を右手で、左手で切っ先付近に半紙を被せて持ち、獅子の羽にからめながら2往復舞います。この復路も追い返しと呼ばれます。下手・上手ではそれぞれ太刀と獅子とが交差する「半くぐり」・「本くぐり」を1回ずつ行います。その後、太刀遣いが大きく振りかぶり、獅子が飛び込んで、獅子はついに念願の太刀をもらいうけます。
 太刀を得た獅子は、水引の上から役者自らの歯で、半紙を巻いた太刀の抜き身をくわえ、喜びを身体一杯に表わしながら、大太夫と小太夫とが連れ立って庭場を斜めに横切ります。庭場の下と上の位置で、獅子同士が背中を合せ、伸び上がりながら向き合いうなずき合う「半くぐり」・「本くぐり」の所作は、極めて危険な場面です。2往復した後、下手に待つ太刀遣いに太刀を返すと、花の中から女獅子も現れて、3匹で解放感にひたって晴れ晴れと、また激しく舞います。しばらく3匹で舞うとチラシが終わります。
 大太夫・小太夫の役者は太刀を歯でくわえるため、その重みで歯茎から血が出ることもしばしばです。切った獅子の羽は、小分けにして見学者に配られます。これは悪魔払いの意味があり、お札にも入れてあります。獅子が太刀をくわえる時に使った半紙は、役者が自宅に持って帰り、神棚に供えて、無事白刃を演じられたことを報告、感謝します。

 謡(A)  この獅子は 悪魔をらふ しなれば あまりるふて つのらもがすな

   (A) 天からりし 唐の屏風 ひとへにらりと 押しひらかいな

   (A) 日は暮れる 道のさだに 露がゐる おいとまして いざやともだち

 例大祭では岡崎が終わった後、獅子・ササラを中心に庭場に関係者が勢ぞろいし、社殿に向かって千秋楽の謡を唄い、三・三・一の七ツ締を行います。

 謡 千秋楽にはたみをのべ 万歳楽には命をのべ あいに相生の松風 さつさつのこゑぞたのしむ さつさつのこゑぞたのしむ

 千秋楽の後、すぐに獅子行列を組み、渡り拍子で社務所に戻り、獅子舞はすべて終了します。


 下名栗諏訪神社獅子舞保存会編集発行 「2011年版・獅子舞解説書」より


 引用参考史料・文献・ウェブサイト

 埼玉県飯能市大字下名栗諏訪神社文書。

 埼玉県飯能市大字下名栗5区加藤衛拡家文書。

 東京都西多摩郡奥多摩町大字大丹波青木神社所蔵文書。

 東京都青梅市成木7丁目高水山常福院所蔵文書。

 東京都青梅市成木7丁目滝島家文書。


 伊藤純(2010)「『三匹獅子舞』の儀礼論―行列と舞という二重構造に着目して―」『民俗芸能研究』(48)

 奥多摩町誌編纂委員会編(1985)『奥多摩町誌民俗編』奥多摩町

 金子勇太(2006)『文化財創出の過程―埼玉県飯能市名栗地区の3匹獅子舞を事例に―』
 埼玉大学教養学部文化人類学コース卒業論文

 倉林正次(1970)『埼玉県民俗芸能誌』錦正社

 小島美子(2007)「三匹シシ舞の起源と芸能化の過程について」『季刊東北学』(12)

 埼玉県教育委員会編(1982)『獅子舞の分布と伝承』(埼玉県民俗芸能緊急調査報告書第4集)埼玉県教育委員会

 さいたま民俗文化研究所編(2004)『名栗の民俗〈上〉』名栗村教育委員会

 桜井保秋(1991)『獅子の風―東京西多摩・三匹獅子舞―桜井保秋写真集』桜井保秋

 笹原亮二(2001)「三匹獅子舞の分布」『国立民俗学博物館研究報告』26(2)

 笹原亮二(2003)『三匹獅子舞の研究』思文閣出版

 下名栗諏訪神社獅子舞保存会応援サイト編( 2010 〜 )『下名栗諏訪神社の獅子舞』http://nippara-forest.com/shishimai/

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 中島貞夫(2003 〜)『高水山の獅子舞その伝来と変容―東京都奥多摩町大丹波、埼玉県飯能市下名栗の獅子舞との
 比較による私的考察―』http://homepage3.nifty.com/takamizusan-sisimai/

 飯能市名栗村史編集委員会編(2008)『名栗の歴史(上)』飯能市教育委員会

 飯能市名栗村史編集委員会編(2010)『名栗の歴史(下)』飯能市教育委員会

 古野清人(1968)『獅子の民俗―獅子舞と農耕儀礼―』(民俗民芸双書〈32〉)岩崎美術社

 峰岸三喜藏(1998)『獅子の詩―日本の三匹獅子舞―峰岸三喜藏写真集』けやき出版

 山路興造(1986)「三匹獅子の成立」『民俗芸能研究』(3)

 吉田智一(1977)『獅子の平野』(フォークロアの眼5)国書刊行会



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