奥武蔵 獅子舞の夏2008 絆の夏(2) 第四章、仲間の絆 |
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小雨に煙る里山。 |
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どうか、雨よ、上がってほしい…せめて、明日は晴れてほしい。そう心の中で祈っていたが、願いは空に届かなかった。 2日間の祭りの間、雨は小止みなく降り続き、社務所をすっぽりと包み込んでしまったようだった。 しかし、そんな雨を振り払うかのように、足を踏み鳴らし、ここぞとばかりに激しく舞い狂う獅子たち。 懸命のささらっこたち。 その足音のすさまじさや迫力は半端ではない。広い庭場で舞えなくても、なんら変わることの無い素晴らしい芝だった。 すぐ目の前でこんな演技を見せていただき、ひと時たりとも目を離す事なんて出来なかった。 |
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次の舞が始まる。獅子役者と仲間たちは準備に余念が無い。 |
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激しい舞に緩まないよう、念入りに、手ぬぐいをあごの下に通して固定する。 |
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「まかしておけよ!」とでも言っているのだろうか?仲間の頬を打つ仕草が男くさくていいなぁ♪ |
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きりりと、獅子頭を被ると、もう、獅子役者は、獅子と化す。 やがて、花懸りの芝が終わり、三拍子と言う芝が始まった。 |
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三匹の獅子は、息の合った演技で美しい舞を披露する。 |
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太鼓の音、ささらの音、篠笛の音、心に響く音だった。 |
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三拍子の芝は、芝を通して、三匹の獅子、4人のささらっこがそれぞれ同じ動作をする。 |
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狭い室内を走り回りながらも、一糸乱れぬ演技を貫く三匹の獅子 |
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この芝のささらっこは、動きが激しく難しい動作があり、年長のささらっこが颯爽と舞う。 |
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時に激しく時に静かに強弱を持って奏でられる篠笛の音色や、獅子が打ち鳴らす力強い太鼓の音。 ささらがかき鳴らす、少し哀愁をおびたすりざさらの音、わたしの回りで、話す人の声や、どよめき、 歓声や掛け声をかける人々の声。そんないくつもの音が相まって、心地よく耳元に寄せてくる。 懐かしいような…遠い昔に、どこかで知っていたような、なんともいえない空間を肌で感じていた。 わたしは、ふっとその場を離れ、上空からこの社務所を見たらどんな風に映るだろうかと思った。 開け放たれた窓から、ほとばしる情熱が湯気のように立ち上っているような気がした。 きっとこの空間はエネルギーの坩堝だろう。 |
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汗に濡れた獅子頭と太鼓は、軒に吊るされて、午後の出番を待っている。 |
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そして、舞い終わった後の獅子舞役者さんたちや、ささやっこたちの上気した顔が美しいのは言うまでもなかった。 午前の芝が終わり、昼食をはさんで、午後の芝は1時から始まる棹懸りだった。 わたしは、諏訪神社を囲む里山の野辺を少し歩いてみた。 |
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里道には、真夏に咲く“初雪草”と言う花が、綺麗に咲き続いていた。 |
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雨に濡れた花々は、とても美しくて…心に染み入るようだ 雨には雨の良さがある…雨でしか判らない美しさがあるのだと…そう思えた |
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午後の芝は、棹懸りといって、庭場に太い青竹を渡し、それを川に見立てて、三匹の獅子が渡ると言うもの。 今日は室内で舞うのだし、あの棹を入れるのは無理だろう。いったい、 どんな風にするのだろうと思っていたら、 大勢の保存会の人々が、元気の良い掛け声と共に、あの庭場に使う青竹を担いできた。 なんと、室内に大きな棹が渡され、それを数人ずつの保存会の人が抱えて仁王立ちになった。 「すごい!」わたしは、ドキドキした。下名栗の人々の結集力と心意気に、すごく嬉しくなったのだった。 |
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獅子たちは、手加減しないスピードで棹に体当たりするように激突する。 その度に棹持ちは、勢いに飛ばされないように掛け声をかけて、棹を抱え、足を踏ん張るのだった。 |
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獅子頭がぶつかり合う音、獅子が体を預けるたびにブーンと音をたてて青竹がしなる音。 こんなに面白い見せ場は無いと思えるほど、迫力満点だ。 |
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1メートルの高さの棹を腰をかがめ、くぐりながら何度も渡る。この芝の見所だ。 |
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赤い獅子の顔が、ぐわーんと吼えそうだ。 |
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黒獅子の金色の模様が、なまめかしくギラリと輝く。 |
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金獅子は、大きくダイナミックに舞い、何回もジャンプする。 |
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その激しい舞に、足袋の紐が緩んで締め直す場面も多々あった。 |
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赤ちゃんを抱いた若い獅子舞役者のお父さんがいた。 赤ちゃんは物怖じする事もなく、獅子舞を見ている。隣に座っている男の子もまた、真剣な眼差しで見つめている。 こんな小さな時から、下名栗の子どもたちは獅子舞と一緒に育っているのだと思った。 |
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仲間の演技を真剣な眼差しで見守るお父さんの膝で、あかちゃんもまた、獅子舞を見つめていた。 |
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小さな男の子も正座して獅子舞を見つめている。お父さんが舞っているのだろうか。 |
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やがて、赤ちゃんはお眠むになったのか、少しぐずりだしたので、若いお母さんにバトンタッチした。 お母さんは赤ちゃんを抱っこしてあやし始めた。幼いお姉ちゃんがふたり、赤ちゃんを覗き込んだ。 お姉ちゃんたちは将来のささらっこに、そしてこの赤ちゃんは将来のお獅子になるのだろうかと思った。 次の芝が始まり、獅子の打ち鳴らす太鼓の音と、篠笛の音色が流れ出すと、なんと、先ほどまで、 むづがっていた赤ちゃんがすやすやと眠りだしたのだった。 |
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獅子舞のメロディーが子守唄がわりに… |
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わたしは、びっくりして、若いお母さんに話しかけた。 「獅子舞の音が子守唄代わりだなんて、この子は大物ですね!」 見ず知らずのわたしが、ぶしつけに話しかけたのに、若いお母さんは、にっこり笑ってくれた。 「将来の獅子舞役者さんですね。お父さんも、獅子舞役者さんですか?」 『ええ、そうなんですよ。』 「ずいぶんと、練習されるんでしょうね。」 『はい、7月に入ってからは、ほぼ、毎晩のように練習しています。でも、練習の後の方が楽しいらしいんですよ…』 「そうですか、お家の人も大変ですね。」 『ええ、でも、もう、あきらめてますから。』そう言って若いお母さんは、ちょっとはにかむような笑顔で笑った。 若いお母さんが、じっと見つめる眼差しの向こうで、次の芝の準備が始まっていた。 次の芝は、女獅子隠しという演目だった。 |
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赤ちゃんのお父さんは、女獅子隠しの子太夫(黒獅子)の役 |
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さぁ、がんばろう!三匹獅子は、硬い握手を交わした。 |
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数々の演目の中で最も長い2時間という長丁場のこの芝は、金色の雄獅子と黒色の雄獅子が、 女獅子を巡って恋の駆け引きをするというもので、それぞれの獅子舞役者が、獅子の気持ちになりきって演じ、 個人技が最も光る芝だと言われているそうだ。 |
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三匹は、お花見に来て、最初は仲良く遊んでいたが… |
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いつの間にか、女獅子をめぐって離れ離れに… |
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金色の雄獅子は、ダイナミックに大振りに舞い、黒色の雄獅子は、優しく繊細に舞うという。 女獅子を誘う時の仕草や、連れ出す時の恋の道行の仕草が、金獅子は素朴に舞い 黒獅子はとても優しく舞っているように見えた。 |
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金獅子の元に行った女獅子を何とか誘い出そうとする黒獅子 |
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ついに、女獅子が、誘いに乗ってくれたように見えたけれど… |
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仲間の演技を見守る若い獅子仲間たちの熱いまなざし |
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獅子役者に、水を振る舞い、風を送る。そんなチームワークが素晴らしい。 |
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そして二匹の雄獅子に求愛された女獅子は、揺れ動く心に翻弄される。そんな切ない心情をよく現すような舞だった。 何だか室内のせいか、まるで獅子の顔に表情が読み取れるような錯覚に陥り、よりリアルに感じてしまった。 |
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やっぱり、金獅子への未練が断ち切れず、揺れ動く心情の女獅子 |
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女獅子を誘い出す長い静の部分の舞を経て、いよいよこの芝のクライマックスの、女獅子を巡って2匹の雄獅子が 激しく戦う喧嘩場になった。 |
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女獅子を奪われ、怒り狂う金獅子 |
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狭い室内をものともせずに、2匹の獅子は駆け回り、暴れ狂うように激しく舞い、そして激突する。 獅子頭がぶつかり合う、ガツンという音が聞こえ、獅子たちの荒々しい息遣いまでもが聞こえてくる。 ほとばしるような熱気に包まれた臨場感溢れる舞に、思わず息を飲んで見入ってしまった。 回りの観客たちもまた、みな一様に獅子の舞に釘付けになっていた。 |
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2時間近くを舞ったあとの、この激しい見せ場は、いやがおうにも盛り上がる。こんなにも素早く走れるものかと 思うほどのスピード感に加え、獅子舞保存会の人々が、『がんばれ!』『もっと、行け!』と掛け声をかけるのだから ますます、白熱の演技になる。わたしは今、この場所で、この感動の中に身を置いている一体感に酔っていた。 やがて、女獅子が仲裁に入り、3匹の獅子は、穏やかに仲良く舞いながら芝が終わった。 場内は割れるような拍手が巻き起こり、下名栗の人々も、見物に訪れた人々も、獅子舞役者やささらっこに 惜しみない拍手を送っていた。 先ほどまで熱演が繰り広げられた舞台では、一転して和気藹々と記念撮影が行われた。 |
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ささらっこや獅子役者に、カメラを向ける家族たち。このおじいちゃんは芝の間、涙を拭っていた。 |
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長丁場の芝を舞い終わった獅子役者のもとに、仲間たちがいっせいに駆け寄り肩を抱いた。 |
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獅子頭を脱いだ上気した獅子舞役者たちの顔は、やり遂げた達成感と安堵に満ちて、とても美しかった。 獅子役者たちには、観客たちから『素晴らしかった!』と賞賛の声が掛けられ、獅子役者たちも笑顔で応えていた。 観る者と演じる者との心が通じ合う瞬間だった。 ささらっこたちも駆け寄った大人たちや年長のお姉さんたちから、花笠を取ってもらって、大役を終えほっとしたのか、 嬉しそうな笑顔へと変わっていた。「よく頑張ったね!」と褒めてくれるお母さんやお父さんや世話役の大人たち。 笑顔で迎える年長のささらっこたち、憧れの眼差しで見上げる一番小さなささらっこたち。 そして、今しがた同じ舞台で親子で競演した獅子役のお父さんに、肩を抱かれて写真に納まる零れる笑顔。 観客たちの目の前では、そんな微笑ましい光景が繰り広げられていた 。 |
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仲間とがっちりと肩を組む。この日のために、一年間、共に練習を重ねたのだった。 |
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獅子舞の演技が素晴らしいのはもちろんだけれど、わたしは、和気藹々と仲間や家族に囲まれて談笑している この瞬間が一番素晴らしく思えた。 広い庭場での演技の時には、この裏方の光景をこんな風に見ることは出来なかったけれど、今回は、雨のお陰で 舞台での演技と舞台裏の風景とが両方一緒に見ることが出来たのだと思った。 まるで、筋書きの無いドラマだと思った。ノンフィクション映画を見ているような感動を覚えたのだった。 |
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先ほどの赤ちゃんのお母さんが言ったように、獅子舞役者たちの絆とチームワークは素晴らしいものだったし、 その家族との絆も素晴しかった。 演技を見る子どもたちの表情も、どの子どもたちにも分け隔てなく心を配るお母さんたちの姿もとても温かかった。 |
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第五章、それぞれの絆 | |
そして忘れてはならないのが笛方の人たちの熱演だ。降りしきる雨の中、テントの下や社務所の片隅に別れ、 両サイドや四方から演奏を送っていた。 |
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篠笛の音色は郷愁を湛え、青畳の上を涼やかに流れていった。 その音色は時に優しく、時に物悲しく、時に勇壮に妙なる調べで人々の心を魅了する。 |
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舞台の裏からも力強い調べ |
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親笛を任されたリーダーは、笛の変わり目を後ろの笛方に知らせる合図に体を傾けるのだそうだ。 こうして、譜面がなくとも全ての笛方たちが、ぴったりと息のあった演奏ができるのだった。 |
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真剣に笛を吹く少年たち。 |
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みんなが揃って音を出せるようになるまでには、長い練習を繰り返してきた。 |
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少年たちが、雨に濡れながら、頑張っている。彼らの頑張りに拍手を送りたい。 |
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四方に別れて演奏しているのに、ぴったりと音色が重なっている。ますます迫力と演奏に磨きがかかっていた。 他所では笛を正確に吹ける人がいなくなり、テープで流さなければならない所もあるそうだが、ここ下名栗では、 次々と後継者が巣立っているようで素晴らしい事だ。今後も、その重要な役割を担っていって欲しいと思った。 毎年、思う事だが地域の長老の方々のお元気な姿や、中堅の方々の若い世代を見守る目の優しさと、 素晴らしい力と可能性を秘めた若手の仲間たちの、和気藹々とした姿や、 子どもたちの生き生きとした瞳が素晴らしいのだとつくづく感じた。名栗の里の宝物だと思う。 そして、観客にもそれぞれにドラマがあるのだと思う。 棹懸かりが始まる頃だったろうか、ひとりのおばあちゃんが獅子舞の見物に訪れた。 小柄なおばあちゃんだったのでわたしは場所を譲るつもりで後方に回った。 |
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ひとりのおばあちゃんが、見物に訪れた。 おばあちゃんは、一心に、獅子舞に見入っていた。 最初は地域の方なのだろうと思い、息子さんが獅子舞役者として舞っているのだろうかと思ったりしたが、 終始ひとりで観ていた事や、回りで見物していたささらっこ役の少女たちに、 『今年も、また来てしまいました。あの花笠は重いのでしょうね?小さな子がいるけれど、何年生ぐらいから やっているの?』などと、優しい笑顔で話しかけている様子から見ると、見物に来られた方のようだった。 |
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手を握り締め、じっと獅子舞に見入るおばあちゃん。 両手を握り締め、背伸びをするような感じで、焦がれる少女のような表情でじっと獅子舞を見つめている横顔や 後姿が、何故かとても心に残った。 やがて、女獅子隠しの演目が終わるころ、おばあちゃんは、少女たちに頭を下げながら、 『どうも、ありがとうございました。頑張ってくださいね。また、来年も見せてもらいに来ますよ。』と言い残し、 ひとり、雨の中に消えていった。 わたしは、その後姿を見つめながらこんな想像をしていた。 このおばあちゃんのご主人は、かつての獅子舞役者さんだったのではないだろうか。 もしかしたら、もう、この世を去ってしまわれたのかもしれない。 もしそうなら、きっとこの獅子舞を見る度に在りし日の姿を思い出せるに違いない。 おばあちゃんは、一心に舞う獅子舞役者さんの中に、若かった頃の最愛の人を見ているのではないだろうか…。 傘をさしながらバス通りへと、歩いていくおばあちゃんの後姿を、獅子舞の笛の音色が優しく見送っていた。 「おばあちゃん、お元気でね。また、来年も来てくださいね…」と、そっと心の中で思った。 |
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獅子舞を演じる人も支える人も、見物に訪れた人も、きっとそれぞれのドラマがあるに違いない。 わたしにも父とのささやかな思い出があるように…。 (勝手な想像…もし違っていたら大変失礼ですね。ごめんなさい) さて最後の芝がはじまる。真剣を使って舞う白羽の演目だ。とても見応えがあり、有名な芝だけあって、 雨の中続々と人々が集まって、ギャラリーは社務所を取り巻く大きな輪になっていた。 最後の芝の前に、飯能市にある自由の森学園という中高一貫教育の学校の生徒さんたちによる演舞が行われた。 地域芸能を専攻する高校生たちによる演舞だったが、その素晴らしさはプロ級のものだった。 和太鼓の演目も、ただ打つだけではなくさまざまなパフォーマンスで数人の生徒たちが、代わる代わるテンポ良く 打ち鳴らしていく。そのチームワークも呼吸もぴったりと合っていて、見るものの度肝を抜くような力強い演奏に 場内は水を打ったように静まり返っていた。 |
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また、東北の民謡だろうか、色とりどりの民族衣装をまとい流れるような繊細さで舞う姿は、玄人はだしだ。 どの生徒さんも、自信に満ち溢れ、にこやかな笑顔で楽しそうに演舞を披露している姿が微笑ましかった。 こんな風に熱中するものを持てる高校生は、うらやましく、素晴らしいと感心した。 |
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高校生たちの爽やかな演舞が終わり、割れんばかりの拍手の後、いよいよ白刃の芝が始まった。 |
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第六章 最後の芝 へ続きます。(左のタイトルをクリックしてください) | |
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