奥武蔵  獅子舞の夏

感動をもう一度・・・(1)

  


獅子舞の影 
  1、 思い出を訪ねて…

  今年もまた、獅子舞の季節が来る。
  晩夏の獅子舞…下名栗の獅子舞に出会ったのは昨年の事だった。
  導かれるように訪れた山里には美しく勇壮な祭りが脈々と伝承され続けていた。
  わたしは、その力強い舞のとりこになった。
  そこには、祖先から受け継がれた言い知れぬ熱い魂の躍動があった。
  今年もまた、遠い時代に吹いていた一陣の風のような懐かしい獅子舞に会いに行きたい。

  2007年、晩夏の頃

  昨年、偶然に巡り会えた下名栗諏訪神社の獅子舞は、わたしの心に、忘れかけていた思い出のような、
  どこかしみじみとして懐かしい郷愁を呼び覚ましてくれた。
  その技の素晴らしさと、獅子舞に携わる人々の心意気と結集力の強さが、大きなエネルギーとなり
  鮮烈な印象と共に今も心に刻まれている。

  今年もまた、その感動に出会いたくて、八月最後の日曜日、わたしは名栗へと向かった。
  今回は、飯能市と名栗観光協会が主催するエコツアーがあることを知り、参加する事になっていた。
  飯能市はエコツアーの草分け的存在だそうだ。
  きっと違う角度でより深く獅子舞を知る事が出来るのではないかと思った。
  そして期待通り、このエコツアーを通して、個人観覧では得られない貴重な体験やお話を聞く事ができて
  とても感慨深い一日を過ごす事ができたのだった。


 

   エコツアーの集合は11時半だったが、今年は獅子舞の最初から最後までの一部始終が見たかったので、
   わたしは早朝に下名栗神社に着いた。

   神社の入り口には大きな幟があがり、開け放たれた社務所や神社や境内には、多くの人々が集まり、
   忙しく準備をしていた。

 
 

   普段、奥武蔵の山や秩父へ向かう道すがら、何度か通りかかった諏訪神社は、杉木立の奥にいつもひっそりと
   静まっていたが、今日はひとしきり華やいでいた。

   社務所の中では、祭りの衣装の着付けをしたり、獅子の衣装を身にまとった人々が集まり、和気藹々とした中にも、
   次第に高まっていく祭りの高揚感に包まれて、活気が満ち溢れているような気がした。

 
 
 
 
    獅子舞役者のお父さん。何だか凄くいなせです。
 
 
 
 
      露天も出て、子どもたちには楽しい夏祭りが始まる。
      子どもの頃のこんな思い出が、いつか懐かしく思い出されることだろう。

   一年に一度、夏の終わりに執り行われる獅子舞の行事は、下名栗の里の人々が大切に守り続けてきたお祭り
   なのだと思う。奥多摩大丹波の青木神社から、青梅の高水山の常福寺を経て、この名栗の里に伝承されたという。
   それから160年あまりの間、戦時中も一度も途絶えることなく、脈々と踊り継がれてきたのだという。

   その間に、下名栗独自の勇壮な獅子舞にと変化し、進歩し続けながら現代へと受け継がれているのだった。
   林業で生業を立てていた足腰の強い山里の人々によって、獅子舞の所作は、より力強く勇壮なものへと進化
   していったのだそうだ。

   それは、舞う者にとっては、とても厳しいものだと思う。八月の獅子舞が終わった直後から、丸1年をかけて
   練習を重ねて行く。とくに7月に入ってからは毎晩遅くまで練習をして当日を迎えるそうだ。
   今年は、久々に19歳の若獅子がデビューするそうだ。
 

 
      今年初めて 女獅子を舞う 

   それは、ささらっこと呼ばれる少女たちにとっても同じ事だという。
   月、日、牡丹、をあらわした花笠を被り、顔を布で覆われたまま、2時間もの長丁場を一場所に立ち続けて、
   すりざさらと呼ばれる楽器をひたすら鳴らし続ける。小学生までぐらいの少女たちが担当するのだけれど、
   1時間から2時間にも及ぶ長い時間を、たった一人で演じるのは、不安や緊張に加えて、辛い事もたくさんあると思う。
   でも、ササラッコの年長の中学生や高校生といったお姉さんたちが、本当に献身的にサポートをしている姿に胸打たれる。

   ササラッコの年齢は、最近は小2~中3の少女たちが受け持つ。昨年最年少の小学校2年生でささらっことして
   デビューした3人の少女が今年も頑張っていた。ささらになって2年目に受け持つ「棹懸り」に2名、そして普通は
   5年生以上が担当するという「女獅子隠し」に1名の3名が受け持っいた。小学3年生で女獅子隠しを担当するのは、
   少なくとも戦後では初めてのケースになるという。
   今年の女獅子隠しは5年2名、4年1名、3年1名という最年少の布陣だという。

 
 
       最年少で頑張ったささらっこ

   そして、もうひとつ、忘れてはならないのが笛方だ。あの哀愁漂う音色の篠笛のメロディなしには獅子舞は語れない。
   揃いの浴衣で、一糸乱れぬ美しい演奏は、音の抑揚と流れるような節回しが見事に調和して、獅子舞を盛り上げ、
   静の場面や動の場面を多彩な節回しで奏で、そしてリードしていく。

   笛方の先生でもあり、今回のエコツアーの講師でもある獅子舞保存会のKさんのお話では、笛方は、もともとは
   成人男子だけで構成されていたそうだ。だんだんと、後継者が不足して、10年前まで正確に吹ける人が少なく、
   マイク を立てて境内に音を流していた時代が長く続いていたそうだ。

    10年ほど前から小学6年生から習えるようにし、他の地域からの転入者やササラを終えた女性も参加できるように
   したので現在の30余名からなる大所帯になり、これだけの人数がいる笛方は珍しいと言う。
   笛は新人も含めて春から練習を始め、8月1日の稽古始めには、きちんとした音が出るように準備するのだそうだ。

 
    一糸乱れぬ素晴らしい演奏は壮観だ

  さて、前置きが長くなってしまったが、ベテランの獅子舞役者たちの白熱の演技はもちろんのこと、今回は、
  今年初めて獅子を舞う19歳の青年や最年少で頑張ったささらっこたち。歴代の獅子舞役者の大先輩の方々や
  観る者に深い感動と、大きなエネルギーを与えてくれた下名栗の獅子舞の裏方さんたちにもスポットを当てながら
  拙い写真で構成してみた。

 
 
    太刀持ちや獅子を先頭に全員でお宮参りをする。
 
 
    地域の方々もお宮参りを済ませる。
 
 
    お母さんやおばあちゃんに連れられてお参りをする子どもたち
 
 
    最初の芝の御幣懸りが始まった。 
 
 
     そろいの所作も見事に揃う。ベテランの舞だ。

 
    躍動感溢れる舞を、見つめる歴代の先輩獅子たち。
 
 
    一芝が終わると汗びっしょりの熱演だ。獅子舞の夏は始まったばかり。
 
 
       裏山に木洩れ日が射す
 
 
     神社の裏山にはこんな道が続き
 
 
    清らかな流れが、涼やかな瀬音を立てていた。
 
 
    かわいいサワガニも、生息している。
 
   2、 若獅子の舞・・・

     いよいよ、次の芝“花懸り”が始まるらしい。
     この芝は、4つの花笠を桜に見立てて、3匹の獅子がお花見に出かけ、桜の美しさに酔って、
     花を散らさんばかりに楽しく遊ぶ姿を演じるている。
     獅子舞の基本と言うべき舞で、獅子舞を始めた者が最初に舞うのがこの芝だそうだ。

     今年、久しぶりに、獅子舞デビューする若者がいる。
     Kさんのお話だと、昨年、笛方をしていた青年で、初めて笛方の中から獅子舞役者が巣立ったそうだ。

     『笛を吹けるようになった男子の中から、獅子を担当できる若者が育ち始めたことになります。
     今後その傾向が続けばいいなと思っています。笛が頭に入っており、それまで 数年は獅子と一緒に練習して
     きているので、獅子の仲間に入り安くなりますし、その所作もスムーズに覚えられでしょう。』と、Kさんは話された

 
     いよいよ、次の芝が始まる。出番待ちのささらや獅子舞役者たち。
 
 
    今年、獅子舞デビューの女獅子。先輩にしっかりと獅子頭を付けてもらう。
 
 
    『がんばれよ!』と激励に訪れたのだろうか。笛方の青年が駆け寄った。
 
 
      金獅子 (大太夫)はベテラン役者さんのようだ。
 
 
      黒獅子 (小太夫)も準備万端だ。
 
 
    笛方を先頭に、晴れ舞台へ向かう。笛の音も一段と高らかに澄み渡る。
 
 
    いよいよ始まる。がんばれ若獅子!みんなの思いはひとつだ。
 
 
 
     軽やかなステップで女獅子は舞い始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      力強く軽やかに舞う
 
 
    さすが、ベテランの舞は素晴らしい。日ごろ鍛えた技が光る。
 
 
 
 
    金獅子 大太夫
 
 
    黒獅子  小太夫
 
 
    表情豊かに、歯切れ良く、若い力を出し切って 一生懸命舞いきった。
 
 
    良く頑張った!お疲れさん!仲間が家族が駆け寄る。
 
 
       初々しい若獅子は、少し恥らうように俯いた。
       暖かな眼差しで見守るのはベテランの先輩獅子舞役者さん。
       確か昨年、「白刀」で太刀遣いを演じた方だと思う。

 
 

       息子の晴れ舞台を、固唾を呑んで見守っていた事だろう。
       誇らしげな笑顔で胸を張る父の姿、嬉しそうに溢れる笑顔で寄り添う母の姿。
       いい光景だなぁと思ってカメラを向けさせてもらった。
       名栗の獅子舞の素晴らしさをかいま見た気がした。
       家族の絆が支えてくれていたことに、若者はきっと気づいたに違いない。

 
 
    獅子の抜け殻…(笑)
 
 

     この後、午後の部が始まるまでの間、お昼休憩となり、わたしたちエコツアーの一行は、地域の方たちの
    作ったカレーライスをご馳走になり、村の仲間に入れていただいたような暖かい気持ちになれたのだった

 
 
     厳かな神事式が始まった。
    エコツアーの参加者は拝殿に招かれ、地域の世話役の方々が執り行う厳かな神事式を拝見させていただいた。
    下諏訪神社は、雅楽を演奏できる奏者を持っていて、地域の小さな神社としては全国にも類を見ないのだそうだ。
    ここにも名栗の人々の地域芸能に対する熱心さや、精進する姿勢が感じられた。

 
 

     蝉時雨が降る境内、拝殿に響く優雅な、笙や竜笛の古式豊かな音色に耳を澄ませ、包まれたこと…
     拝殿を吹き渡る風が、本当に心地よく涼しかったこと…いまでも肌で覚えている。

 
 
     地域の世話役の会長さんはユーモアがあってとても魅力的な人物だった。
     獅子舞保存会の会長さんもまた、穏やかな人柄が滲み出ているような人だった。
     こういう年長の方々が、皆さんお元気で生き生きと活躍されているからこそ、
     次の代を担う中堅の人々や若者が育ってゆくのだと思った。

 
     拝殿では引き続き、保存会のKさんから獅子舞や村の歴史について、とても興味深く聞かせていただいた。
     ひとりの参加者の方が、『ささら役の少女たちが4人で鳴らすささらの音が、あの大きな舞台の中でちゃんと
     聞こえてきて、存在感があって凄いと思う。』と感想を述べていたが、その通りだと感じた。どれだけ練習を
     重ねた事だろう…


     小さな少女の手に、あのささらの竹は太すぎるので、何とかもっと持ちやすい細いものをと探したが材料のすす竹が
     どうしても見つからなかったという、Kさんのお話にも、演技をする人と支える人の努力を垣間見た気がした。

 
     二部 3.ささらっこの夏へ続く 
 


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