木の凄さを感じることの一つに、その環境への適応能力がある。自然の中の木は、落ちた種が芽を出した場所で一生を過ごすことを宿命付けられている。どの木も豊かな土壌の上に育てるわけではなく、中には岩の上や崖のような岩場に種が落ち、そこに根を張るものもある。さらに極一部の木にいたっては、その過酷な環境の中で巨樹と呼ばれるまでに成長する強者がいる。そのような木の持つ生命力は、概ね樹形や根張りとして表に現れるようだ。
日原集落から日原鍾乳洞へと向かう道の途中に、「水垂れ」と呼ばれる場所がある。名前のとうりに斜面の岩場から水が流れ落ちる水場であり、そこには「トチの幽水」と書かれた札が付けてある。その水場からふと上の斜面を見上げたならば、そこに信じられないような光景を目の当たりにすることになる。傾斜角は60度にもなろうかという斜面に、トチノキの巨樹がしっかりと根付いているのだ。
「水垂れのトチノキ」が育ったこの環境は、恐らく日原の巨樹の中でも一、二を争うよう厳しい地形ではないだろうか。急斜面にあってその巨体を支える、言わば重力に逆らうような力の源は、縦横無尽に張り巡らせた根にあると言えるだろう。一見、下草に隠れてよく見えないが、岩と一体となったような太い根が木の下側に2本、上に1本確認できる。それはまさにこの巨樹の生命線であり、人に例えるなら長年鍛え上げた足腰のようなものに違いない。
このトチノキの巨樹は、集落の外れにあるといっても人が育てたものではない。現場で見ると良く判るが、誰もこの急斜面に木を植えるという発想にはならないだろう。日原街道を挟んで下に位置する「水垂れのモミ」と、この「水垂れのトチノキ」の二本の巨樹は、日原の森の奥深さを潜在的に示す天然木である。ただ、その急斜面であるばかりに一般の人が根元まで行って木に触れることができないのが、私には残念でならない。 |