東京最後の聖域 「にっぱら」 

日原探検隊のこと



 
 
小川谷に掛る吊り橋の上で


   以前、私のホームページの中にある「ナラテイロ」という言葉の響きに、強いインスピレーションを感じた女性がおられた。当時その方は、日原の森へ足を踏み入れられて間もなかったが、自らのブログや他の方のBBSへの書き込みなどを見ていると、ナラテイロと呼ばれているその森への憧れは、並々ならぬ想い入れがありそうだと私には感じられた。

 そして不思議なことに、私も以前からこの方のホームページに魅了されていた。検索をしてヒットしたそのサイトは、想像力あふれる豊かな表現力で綴られた文章と、自然を見つめる素直な優しさや、光に対してとても敏感な写真を駆使して作られたもので、尾瀬や奥多摩の魅力を発信しておられた。それは、私の「お気に入り」のサイトの一つでもあった。

 そこで私は、一昨年のクリスマスの夜に、おせっかいながらも一通のメールをその方に送らせていただいた。
「今、あなたがナラテイロかもしれない・・と思われて歩かれている場所は、残念ながら違っています。しかし、その森も巨樹の密度が濃く、ミズナラやヤシャブシの名木も目にすることができるでしょう。。ただ私個人の判断で、心苦しいのですがナラテイロの詳しい場所はお知らせできません。けれど、私は年中日原の森を歩いておりますので、いつかOOさんと森の中でバッタリお会いしそうな気もします。」
というような内容であった。しかし、その方からは何の音沙汰もなく、私も何か失礼なことを書いてしまったのだろうか?と想いながらも、いつしか新しい年を迎えていた。

 そんなある日、わたしの掲示板にその方からの丁寧で真摯な文章の書き込みがあった。ナラテイロとは全く関係なく、私のエッセイ「鎮魂歌」を読んで共感をしてくださり、そんな日原の森や巨樹への溢れる想いが綴られているものだった。私も嬉しくなって早速返信させていただいたのだが、その中に昨年のクリスマスの日のメールのことを書いてみることにした。すると、セキュリティーが迷惑メールと判断してしまい、その方の目には今まで留まっていなかったことが判明したのだ。そして、この日を境にこの方とのネットの交流は進み、現在は日原探検隊として共に行動するまでに至っている。このようにして、お互いネットで偶然にもにアクセスを交わした女性が、青梅市在住のsizukuさんであった。

 
天狗のカツラを見上げるsizukuさん

sizukuさんのホームページ   Sizuku ONLINE    風の旅人


  私は、以前からsizukuさんの山行をブログなどで拝見していて、登山道に限らず、水源林巡視道にも足を伸ばされていることが気になっていた。ただ歩くだけなら問題はないが、巨樹を探しながら歩くことは道を外れることもザラである。できるならこの巡視道を把握した上で行動された方が良いだろうと思い、その地図をお渡しする約束をした。そして昨年の1月25日、私は初めてsizukuさんに日原でお目に掛かった。初対面ではあったが、それまでにメールのやりとりがあり、小さいながらもsizukuさんご自身の画像をネットで拝見していたこともあって、お話しても全く違和感はなかった。そしてこの日、sizukuさんと一緒に来られた方が、今では同じく行動を共にするhideさんである。


唐松谷の森を見渡すhideさん


 
   hideさんはsizukuさんの友人であり、また山仲間でもあった。すでに日原の山にも、巨樹を探して何度か一緒に入っておられた。釣りなどのアウトドアがお好きなhideさんだが、山中の巨樹を見て歩くようになったのは近年で、どうやらsizukuさんに感化されてしまったようである。そして、hideさんは四駆の車を所有されており、探検隊の行動範囲を大きく拡げていただいている。現在は車を持たない私にとって、かつて車のある当時に探し回った日原奥地の巨樹は、逢いたくても逢えない幻のような存在になっていた。しかし、こうしてhideさんのご協力によってその世界が再び甦り、なつかしの巨樹に巡り合える幸せを感じさせて頂いていることに深く感謝している。

 こうして日原で出逢った三人が、一緒に行動を共にするようになったのもまた偶然だった。当時二人は、名栗沢周辺の森に足を運ばれていた。私も近いうちに、名栗沢にある「ネジリモミ」という巨樹を改めて撮影をしようと思っていたが、どうせなら二人をお連れして森を案内しようと思い立ち、その旨をsizukuさんにお話した。sizukuさんは二つ返事でこれを快諾をしてくださり、2月7日の日曜に名栗沢を目指すことになった。この時の様子は、sizukuさんのホームページにある「奥多摩 巨樹の森に遊ぶ」に詳しい。

 
2009年2月9日 名栗沢中流域にて


  実はこの日、私はこの二人と行動を共にして、その山歩きのリズムの違いに面食らっていた。特にsizukuさんという方の山での好奇心は尋常ではなく、目に付く未知のもの対しての反応は子供のそれに近いように思えた。(siuakuさん、ゴメンなさい) 名栗沢橋から名栗沢を遡行して、巡視道まで行くには通常30分もあれば充分であろう。ところが我々は、3時間を費やして巡視道に登り上げた。もちろんただ歩くだけではなく、シオジやトチノキ、ケヤキなどの巨木の撮影や、その幹周りの測定などをしながらではあったが、それだけではこんな時間は掛からない。とにかく、sizukuさんの自然に対する目の付け所が、ちょっと一般の人とは違うのだ。それは特に、名栗沢の流れの煌きや輝きといった光への反応に現れていたようである。つまり、我々は至るところで道草をしていたのだ。


sizukuさん撮影(名栗沢の水面)


 
 その頃、私が日原の森へ入るようになって12年が過ぎていたが、知らず知らずのうちに巨樹・巨木への関心だけが優先し、山の持つ森羅万象に対して疎くなっていたような気がする。私はsizukuさんが立ち止まる度に、何に関心を示しているのかに興味を覚えた。それはただならぬ回数ではあったが、私は時間の許す限り好きにしてもらうことにした。今でこそ私はsizukuさんを「感性の人」とよく呼んでいるが、その並外れた自然への感受性は、その後の私の写真へも影響を与えることになる。さらに、もう一人の探検隊員であるhideさんは、こんなsizukuさんに負けず劣らずの「感性」の持ち主であることが、後々の探検隊の山行を重ねるに連れ明らかになる。

 これはsizukuさんも自身のホームページに書いておられるが、sizukuさんとhideさんとは自然の中にいて、考えることが似通っているのだ。美しいと思うものに対する反応、何かを見てOOに似ているというような想像、あれこれやってみたいと思う遊び心など、一緒にいると感心してしまうほどである。この二人の「感性」たるや、私などはとても及ばないと思っている。しかしこのことがむしろ、私にとって新たな楽しみとなった。つまり三人で山を歩けば、今まで見てきた自然観とは全く別の目が増えたことになるのだ。私には、新たなこの目線がとても新鮮だった。

 
 
hideさん撮影(水温むシオジ谷)


  しかし、このような経緯から名栗沢散策をご一緒した二人だったが、特に次回の約束をしたわけではなかった。逢ったのも2度目であり、まして私と一緒に行動されたことが、果たして楽しかったのやらどうやら・・・。とも思っていたのだが、その後sizukuさんからは丁寧なお礼と、機会があれば是非またご一緒させてください、という嬉しいメールを頂いた。単独行を常としてきた私にとって、三人での行動には制約があることは確かである。しかし、この二人と共に山を歩く時間は、当初から不思議と心地良かった。それは今まで私一人で見てきた森を、三人で見直すという作業にも似ていたのかもしれない。そしてその後、我々は賀老の森、犬麦谷と回を重ねることになる。


2009年2月21日 ハナノキ尾根のヤシャブシと共に



2009年3月15日 天使の庭にて (sizukuさん撮影) 


 ところで、sizukuさんの憧れの地であるナラテイロだが、、私は新緑の季節にでもお連れするつもりでいた。しかし、sizukuさんがご家族の事情などで、暫く山から遠ざかってしまわれたこともあり、再び三人で日原の地を訪れたのはすでに夏本番も近い7月5日になっていた。夏場は涼しいところに限る、ということで谷のある森を選び、秋の紅葉の時期に今度こそナラテイロへと考えていたのだが、なかなか三人の予定が合わず、いつしか紅葉のピークは過ぎてしまっていた。ナラテイロへのタイミングを失った感はあったが、それまでには賀老谷でカツラの巨樹を見つけては騒ぎ、熊宿の森ではトチノキの巨樹の倒伏を嘆き、集落裏山のヨコスズ尾根では鷹の飛翔に狂喜し、一石山では一足早い紅葉に見惚れたりと、山が見せてくれる様々な表情に我々は魅了され続けていた。そしていつしか、我々は自らを「日原探検隊」とネットの世界で名乗るようになっていたのだ。


 
 
2009年7月25日 賀老大滝にて (sizukuさん撮影)



2009年11月15日 人形山尾根にて


   やがてこの年も師走を迎え、再びクリスマスが近づいてきた。次の探検隊の出動日は23日と決まっていたが、行き先はまだ未定のままだった。そこで私は、クリスマス・イブの前日でもあることから、冬枯れの森になっていたとしても「約束の地」であるナラテイロへ、プレゼントの意味を込めて二人をお連れすることにした。そのことを事前にお知らせすると、sizukuさんは当日の前夜は気持ちが高ぶってよく眠れなかったそうである。そして23日、探検隊は快晴の空の下でナラテイロへ足を踏み入れた。


 
2009年12月23日 (左)ナラテイロの森にて  (右)シンボルツリーと探検隊


  このナラテイロとは、日原林道の奥山にあり、両側と下部を人工林に囲まれた僅かな自然林に過ぎない。しかし、その巨樹・巨木の密度は日原でも有数で、特にミズナラにいたってはナラテイロ以上の森を私も他に知らない。楢平と書いてナラテイロと読むように、山中にある平坦な地に楢の巨樹が林立するその景観は、周囲が人工林でなければどれだけ豊かな森が拡がっていたのだろう、という感傷を伴いながらも、やはり見る者を魅了してしまう。今まで私にとっても特別な場所であったが、この日から探検隊の聖地となったのかもしれない。ここで、ナラテイロを訪れた後の二人の感想をご紹介しておこう。

 「やはり、ナラテイロはどこの森とも違っていました・・・。昨日のお天気も味方して、よりいっそう巨木たちが楽しそうに語り掛けているようで、何だか本当にコロポックルになって森に遊んでいるような気がしました。やはりナラテイロは聖地ですね・・・。」 (sizukuさん)

 「それにしてもナラテイロにある木々は、どれも生命力に満ち溢れていましたね~。おっきなミズメも。タコのミズメも。コブだらけのシナも。シンボルツリーのミズナラはもちろん、倒れてしまったクリの樹でさえも・・・。」 (hideさん))


 
2009年12月23日 ナラテイロにて (左)おっきなミズメ  (右)タコのミズメ


  このように、探検隊結成のきっかけともなったナラテイロへの山行を共にして、当初のsizukuさんとの約束は果たせたことになるが、もはや日原探検隊としての行動は私の山行の大切な一部となっていた。巨樹・巨木を中心とした山歩きは、時として獣道や道のない斜面を移動することにもなるが、この一年を通して二人はそんな悪路にもしっかり順応していて、今では私が連れて歩くにも、ほとんど心配のいらない頼もしい存在になっていた。 今年に入って探検隊は、-10℃を下回る厳冬の金岱山直下の森で凍え、2月始めのヨコスズ尾根ではブリザード並みの寒風に晒され、また2月半ばには、足場の悪いシオジクボの雪の斜面を登り上げカツラの巨樹に辿りついたりと、その山行はけして楽なものばかりではなかった。



-10℃以下の凍てつく森を行く (hideさん撮影)


 
  しかし、今思い返してみてもこれらの出来事は、特に印象深く心に残っている。三人で歩く山は、例えそれが厳しい自然環境に置かれていたとしても、その中から不思議と何かしらの感動を導き出してしまう。最初は正直に言って、こんなところに連れ出して二人に楽しんでもらえるかなあ、と心配もしたが、それは全くの杞憂であった。hideさんは厳寒の森で雪の中に虹を見付けたり、sizukuさんはブリザードと対峙して風を写し取ったりと、二人は厳しい中にも自然が垣間見せる美しさを見逃さなかった。山という非日常の世界が繰り広げる四季の演出を、いつしか我々はドキドキしながら心待ちにして楽しむようになっていたのだ。



hideさん撮影 (七色の雪)



sizukuさん撮影 (風たちぬ)


 
 私の山行は、常にコンパクトデジと一眼デジの両方のカメラを持ち歩く。ただ探検隊での行動は、単独行のような自分のペースで撮影をできるわけではない。それでも「ここぞっ!」という時、私が三脚をセットしたとしたら、それはかなりの時間を掛けて撮影をすることになる。ある意味、自分の世界に入ってしまい、被写体に集中してしまうのである。こんな時、二人のさりげない心遣いがありがたい。撮影の邪魔をしなないようにと側を離れ、私が満足行くまで一人にしてくれるのである。またある時には、愛着のある巨樹の倒伏を目の前に落胆していた私に、そっと肩を押して撮影を促してくれたのも二人であった。私が心地よいと感じる探検隊の空気は、このsizukuさんとhideさんが醸し出してくれる優しさに他ならない。

 2010年5月現在、日原探検隊は都合により活動休止中である。私もしばらくは、以前のように単独での山歩きとなっている。しかし面白いもので、冬枯れの森が春を迎え、季節の移り行く様の一つ一つを見付けては、二人のことを思い出してしまっている。
「これを見たらどんな顔をするかなあ~」、「この景色を見て、なんて言うだろうなあ~」 
一人で歩いていても、どこか三人でいるような感覚から抜けきれないのだ。私は、森の中で何か素敵なものを見付けた時の、二人の輝く瞳と眩しい笑顔が好きである。そして、つい見逃してしまいそうな小さな自然から、大きな喜びを見出す二人の豊かな感性も。そんな探検隊が復活する最初の山行には、やっぱり約束の地ナラテイロがいいかなあ~と今から考えたりしている。

                                                       2010年5月4日  一葉 


金岱山のオノオレカンバと日原探検隊


 
 

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