東京最後の聖域 「にっぱら」
 
世界で一番美しい紅


 

  カエデ科カエデ属「メグスリノキ」。その名の通り、枝葉を煎じて洗眼薬にすることができるこの木は、一般の人には馴染みが薄く、この木を目当てに山に出掛ける人など皆無に等しいだろう。ましてカエデの仲間でありながら、その葉の形は普通のカエデとは似ても似つかず、樹皮もブナやホウノキにむしろ似ている。この木のどこがカエデだと言いたくもなるが、紅葉の季節になるとこれが一転、カエデ属の本領を発揮する。それも超一級の紅にである。


 







 メグスリノキは成長しても巨木にはなりにくく、ここだけは他のカエデと性質が似ている。2000年に行われた全国巨樹・巨木林調査において、一般の木が幹周りで3mを超えると巨木として認定されるのに対し、メグスリノキは2mでも巨木という特例の樹種でもある。

 日原山地では、2007年にやっと私が3mを超えるものを一本見つけることができたが、2m以上でも僅か10本程しか確認されていない貴重な樹種だ。ただ、日原に残る自然林には比較的メグスリノキは多く、標高800mから1200mぐらいなら頻繁に目にすることは可能である。登山をされる方なら、間違いなく登山道で一本や二本はこの木の側を通り抜けているはずである。それなのにこの木が一般に知られていないのは、やはりその葉の形にあるように思う。


 
 







  カエデといえば星型というか、子供でもあの独特の葉っぱを思い浮かべるように、イチョウと並んで日本人の心に深く根付いてしまった葉の形であろう。恐らく葉の認知度なら、この二種が双璧ではないだろうか。さらに、紅葉を代表する樹種であることもそれに拍車をかけている。しかしその反面、葉っぱの見た目に個性がなければ、どんなに美しい紅葉を見せても人の心には残りにくい。その典型的な例がメグスリノキではないだろうか。





  山々の紅葉がピークを過ぎて、多くの木々が落葉を迎える頃にメグスリノキはその存在感を現し始める。それは、一年に一度の強い自己主張でもあるかのように、他の木々が裸木となって明るくなる森の中で、その木は鮮烈な紅を身に纏う。特に、太陽光に透かされて見るその色は、この世の中で一番美しい「紅」ではないかと思うほどである。まさに紅葉の中の紅葉であろう。

 木によってはピンクやオレンジ、黄色に近いものもあるが、そこは「紅葉」という字が示す通りやはり主役は紅である。メグスリノキの葉の裏には、白く細かい毛が密生している。聞くところによると、太陽に透かされた葉はこの毛があることによって光が柔らかくなり、この木独特の紅を演出しているそうだ。



 






  山の紅葉を見に行く人たちは、山々が見せる紅葉のコントラストや、華やかな木々の彩りに拍手喝采を送る。そんな時、もしも誰かが「カエデの紅が一番好き。」という人がいたなら、さりげなくこう言ってみて欲しい。「カエデもいいなあ、でも私はやっぱりメグスリノキの紅かなあ。」と。

 きっと、あなたの株が上がること間違いなし・・・、と言いたいところだが、くれぐれも本物をよく見た後にして欲しい。山の多くの木々の中で、簡単に特定出来るほどメグスリノキは甘くない。そんなメグスリノキとは、個性に乏しい緑の葉っぱから、いつしか陶酔の紅に変貌する云わば「玄人好みの木」といえるのかもしれない。



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